『国際信号の“競演” オリンピック』
オリンピックは、国際信号(インターナショナルシグナル、IS)の“展示会”だ。
オリンピックを迎える国(本来は都市)のテレビ局が、腕の揮いどころとばかりに燃えたのは、過去の話である。
スポーツ自体の高度化、視る側の熟成化で1国1局が、どう張り切ったところで、まかない切れない。
世界の各所から、得意の制作力を持ち寄って、となるのは、極めて自然な道理といえた。
古すぎる例だが、44年前の東京オリンピックにおけるNHKの昂(たかぶ)りは、時に異常と思えるほどのものだった。
ほぼ一線でスタートした日本のテレビ界、大連合を組んで、このスーパーイベントに当たればいいものにと、その渦に巻きこまれながら、かけ出しディレクターの私は、思ったものだ。
はたして、その4年後のメキシコオリンピックは、メキシコ放送界が、あっさりヨーロッパやアメリカやNHKにサポートを頼んで世界向けの仕事をやってのけた。
そうだろう。その時代ですでにテレビスポーツの受け手側の多様さは、1局の“陶酔”で満足させられるものではなかったのである。
ヨーロッパ放送連合(EBU)を主軸に、そのあと、オリンピックをはじめ総合競技大会は、各国各局のエネルギーを集めてISを制作するのが常識になった。
もともと国土を接しあうヨーロッパは、テレビ界もホーム・アンド・アウェイを組み易い。
国際試合(大会)のたびに、自前の中継クルーを送りこむより、相手側の制作を受ければ効率的だ。
当初は、地元に傾斜していた映像も、しだいに洗練され、ISの基盤が固まったとされる。
根本に流れる姿勢は「サービス」である。いかに、自国のエリア外の受け手に満足してもらえるか。ホストブロードキャスターのこれは揺ぎない精神ともなる。
つきまとう課題も、実は少なくない。とりわけ「ISの中立・公平」は悩ましい。
ロサンゼルス・オリンピック(84年)で初採用された女子マラソンで、1人の選手がゴール前2kmほどの地点から意識を失ったかのような状態となった。
ISは、その壮烈ともいえる姿を追い続けた。この間に何人ものランナーがフィニッシュしたが、そのシーンはライブでは送りこまれなかった。
よろめきながらゴールを目指す姿に優る情報はない、これがオリンピック、との判断であった。
深追いにまったく批判がなかったわけではないが、「IS史」というものがあるならば、ホストブロードキャスターの傑出したケースの1つとして指折られるのではないだろうか。
スタッフはレース後、スキップされたゴール場面をテープ再送した。この備えも、ISの信頼につながる。サービスは二重三重にしてこそなのだ。
間近に迫った北京オリンピック。エキスプレススポーツも一翼を担う柔道、テコンドー、体操、新体操、トランポリンをはじめ28競技、302種目に世界のテレビ局、プロダクションの高い専門性で、そのスポーツの真髄に迫る。
中国のテレビ局は“国技”バスケットボールのほか、バレーボール、バドミントン、卓球のネット型スポーツ
を中心に担当するほかはこれまでのワールド路線を踏んでいる。
開閉会式はYLE(フィンランド)が受け持つというが、中国はISとは離れ、独自の規模で国内での発揚を試みるものなのか。
“展示会”への興味は、競技以上のものがある。

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